shigesaの声がする…。

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Nov 05 2009

今日会ったCDショップの店長さんの話は深刻でした。

CDが売れないというのは既に業界だけではなく、音楽ファンの方にも常識ですが、それに加えて販売マージンを減らす要求が卸筋から来ているのだそうです。

従来25%だったマージンが、下手をすると15%まで減らされかねない。

そうなったら、CDショップは維持できなくなると頭を抱えておられます。

確かに卸屋さんも大変なんでしょうが、町のCDショップを切り捨てることにつながりかねないので、考え直してほしいと要望されているとか。

家の近くのCD店が消えていくのも、話を聞いていると納得してしまいます。

音楽に詳しいレコード店の方と、情報交換しながらパッケージを買うという文化はこのままでは消えていくのも仕方ないですね。

卸屋さんも生きていくためにはマージンをカットせざるをえない、でもそうなるとCDショップは維持できなくなる。

ここにはWIN-WINの関係は成立していません。

どちらかが生き残るには、どちらかを搾取するしかないのでしょう。

放送業界も同じような構造があります。

制作費をカットするために、制作会社のマージンをバカバカ切り捨てる。

一体、そんなマージンで、制作会社が維持できるのか、維持できなくなれば放送の質も維持できなくなるぞと警告する人も。

放送局からすると、そんなことかまっていられない。

自分たちが生き延びるには、制作会社、制作スタッフをより搾取することしかないと思い込んでいるようです。

WIN-WINの関係、ここでは全く機能しない言葉かもしれません。

皆さんの状況はどうですか?

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歴史「あたしけっこう汚れてるよ…それでもいいの?」

国語「漢字の読みは100点なのに、乙女心は読めないのね」

数学(やだこの気持ち・・・割り切れない・・・)

古典「ふふっ……わたし、見掛けによらず、結構エッチなんだよ」

英語「あなたの気持ち・・・直接話法で話して・・・」

被積分関数「ホント私よく置換されるのよね~」
有機化合物「私もなのよ~」

国語「し、さ、せ、し、する、する、すれ・・・・・・、しよ?」

廊下「イヤッ!そんないっぱい、走っちゃッ!ッ!ダメッ!ダメッ!シチューこぼれちゃう!!」

トビバ子「何人ものオトコがアタイの上を通り過ぎていったわ」

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plasticdreams:

ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Being between Neuroscience and Marketing

届いてまず目についたのはそのハコの小ささだ。アマゾンといってもこのところ日本でばかり買っているので、そのコンパクトさはすごいなと思った。開けてみてすぐに気付いたのは、実はこのハコはkindle専用で、内側にアップルのようなハコが入っているのではなく、そのものがケースなのだった。さすが物流で名をなしたアマゾンだけあって、これは気が利いている。

カメラとの写真でその大きさが分かってもらえるだろう。

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丸紅が北海で1億バレルの油田発見

 丸紅は4日、カナダ企業と共同で英国領の北海で油田の深鉱に成功した、と発表した。 これは、丸紅が100%保有する英石油・ガス開発子会社マルベニ・ノースシー社(英国)と、カナダの独立系大手石油・ガス開発企業 タリスマン・エナジー社の子会社との共同事業。

 丸紅は、英領北海に両社が保有する鉱区(Block 22/22a)で、探鉱井と評価井を掘削し、推定原始埋蔵量1億バレル規模の大型油田を発見。生産テストを行ったところ、日量7700バレルの良好な軽質原油だったこと(API 42度)を確認したという。

 この油田は「ショウ油田」と命名され、丸紅の保有権益比率は 41.03%で、タリスマン社が残り58.97%を保有している。

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plasticdreams:

ドイツ映画祭2008 公式ホームページ

『ウェイブ-あるクラスの暴走』 Die Welle [Dennis Gansel]

2007年/デニス・ガンゼル監督/93分
ある高校で、<国家の形態>をテーマとする一週間の特別授業が実施される。若い教師ライナーが担当を命じられたのは、<独裁制>のクラスだった。ライナーは<独裁制>が発生するメカニズムをさぐるために、全員に白いシャツを着用させ、自分への絶対服従を命じる。生徒たちは自主的につくったマークを街中に落書きして学外でも存在を誇示し、他のグループとの抗争まではじめる。やがてクラスのなかには異分子を排斥する空気が生まれ、恐るべき暴力が発生する……。<独裁制>の本質を追及する、実話に基づいた衝撃的作品。08年ドイツ映画賞銅賞受賞。

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ユーザー同士が協調して意見を出し合い、そこで得た「集合知」により、課題解決を目指す「Yahoo!知恵袋」「教えて!goo」「OkWave」「発言小町」などの「質問サイト」が、一般的な市民権を得つつある。かつては、「Web2.0」などと謳われ、敷居の高さが目立った同種のウェブサービスだが、最近では主婦や中学生など、かつてはインターネットに疎いとされた層からの書き込みも目立つようになった。

 2年ほど前に、SNS「mixi」や「モバゲータウン」「GREE」で他人のページにアクセスしたのにも関わらず、メッセージを送るなどのあいさつをしない「踏み逃げ」や、更新した日記にコメントを残さない行為「読み逃げ」が話題になった。これらの行為を「非常識で失礼」とした一部ユーザーが、「読み逃げ禁止」などを掲げ、アクセスしたユーザーに何らかのアクションをすることを強いた。これらが要因となり、SNS疲れを意味する「mixi疲れ」という新語が生まれたとされている。

 人と直接相対する必要のある「リアル」での場ならまだしも、そうではないネット上で「あいさつ」や「コメント」を強いられることに対して「息苦しい」との意見も出る。しかし、この傾向は「質問サイト」でも顕著になりつつあるのだ。

 質問サイトの代表格である「Yahoo!知恵袋」のデイリーランキングで「回答数の多い質問」を見ると、最も回答が寄せられている質問を含む8つの質問のタイトルに「答える気が無いなら、見ないで」「見た人は絶対答えて下さい。答えない人は見ないで下さい。約束ですよ!」「絶対に答えて下さい」などと、回答を強いる文言が加えられている。(10月31日16時現在)。中には、「見たら、答えないとうつ病になります」というものもある。

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Nov 04 2009

あるシンポジウムで、児童相談施設の職員の人のお話を聞いたのだが、その中に素晴らしい例があったのだ。

 ちなみにこの方は「セラピスト」ということだった。セラピストの日本語訳もいろいろあるようだが、この場合は心理療法士ということらしい。


 で、その「上手なほめ言葉」は、「すごいね。どうやったらそんなふうにできるようになったの?」というものだった。


 その方が言うには「よく頑張ったね」とか「上手だね」とか「素晴らしいね」というのは、表面的なほめ言葉であって、ほめられた子供には強く響かないらしい。

 親が自分の子供をほめる場合にはそれでもよいそうだが、指導にあたっている人間が使うには稚拙なほめ言葉だそうだ。


 授業実践の記録を掲載しているサイトも多いが、それを見ると「いいね、いいね」とか「おっ、それは素晴らしいね」とか「きれいだね」などを連発している授業例も多い。

 たまに言われるのなら、言われた子供も嬉しいだろうが、(セラピストの方の言葉だと)あまり連発すると逆効果になることもあるそうだ。


 昔の殿様ならば、自分の家来をほめるときに「あっぱれ、あっぱれ」ですますことができただろう。言われた家来のほうも、それで十分に満足だったろうと思う。


 身分の区別がはっきりしている場合には、いわゆる「上の人間」からちょっとほめられただけでも効果があるのだが、教師と子供の人間関係は何十年も前のような「目上の教師・目下の子供」という関係ではなくなっている。

 「教師は子供よりもずっと上の立場だから『すごいね!』というだけで十分にほめたことになる」という考え方を持っている教師がいたとしたら改めたほうがよいだろう(^^;)


 余談めいたハナシになるが、私が大学生の頃、アマチュアロックバンドをやっていて、プロのロックバンドのコンサートの前座をやることも多かった。

 コンサートが終わった後、打ち上げでプロの方と飲んだりすることもあったが、そのときに「君たちのバンドもなかなかいいね」と言われると嬉しかったものの、それだけでは社交辞令のように感じた。たまに「プロになりたいのであれば、ウチの事務所に連絡してほしい。連絡先は‥‥」と名刺をもらったりすると、本当にほめられているように感じたものだ。

 大人でも、単に「いいですね」と言われるよりも、具体的な何かがあったほうが嬉しいのだから、子供ならなおさら「自分の行為がちゃんと認められている」と自覚できるようなほめ言葉が有効であろう。


 さて、例にあげた「すごいね。どうやったらそんなふうにできるようになったの?」だが、このほめ方が素晴らしいのは、ほめられた人間に自己の行為を振り返らせるところにある。


 ほめるということの目的は、自分の行為を有用感を認識させ、次の活動への意欲を増大させることにある。

 ただ単に「いいね、いいね」とか「上手だね」だけでは、精神的な満足感を与えることはできるかもしれないが、ほめられた人間が自分の行為を振り返り、そのやり方を他の活動にも生かすようにするには、その人間の個人的な内部の精神活動に期待するしかない。受け取る側がちょっとひねくれた受け取り方をしてしまえば「また、そんなおべっかを言って‥‥」という感じ方をすることにもなりかねない。


 ところが「どうやったらそんなふうにできるようになったの?」と言われたら、それに答えて「こうやったらできるようになったんだよ」と言うかどうかは別にして(謙遜して『そんなことは‥‥』と言う場合もあるだろうから)、自分の心の中では、「そうか、あれをこうしたからできるようになったんだな‥‥」と振り返ってみるに違いない。


 これは完全にほめることの目的に合致する。

 他者(教師)からほめられたという満足感だけでなく、「自分はこういう努力をして、こういうことができるようになった。それが他の人にも価値ある行動だと認められた」という認識を持つことができるからである。


 このほめ方は、いろんなバリエーションで活用できるだろう。

 「今の発表のしかたはよかったね。どういう工夫をしたら、こんなにわかりやすい発表にまとめることができたの?」とか「こんなにたくさんの資料をまとめるには大変だったろうね。どういう方法で資料を集めたのかな?」等々である。


 自分がそのために努力をしたのであれば、それが認められたという感じを持たせることができるし、それほど苦労をしないで何気なくやったことだったとしても「自分が何気なくやったあのことが良かったんだな」と自覚させることができる。

 ほめられた子以外の子供にも「先生は○○さんを調子よくおだてているな」という感じを持たせないで、「そうか、そういうやり方でやるとうまくいくんだな」と考えさせることもできる。


 単に子供の気分をよくするだけでなく、自己の行為を振り返らせ、その方法を自分の得意として自覚させ、自分の存在価値を認識させ、さらに他の子にも学習活動等のヒントを与えるということで、このほめ言葉は完璧だと思う。


 ただ、このほめ言葉には問題もある。それは子供のやっていることをきちんと見ていないとほめることができないということだ。

 子供がやっていることと違うことを、うわべだけ「すごいね。どうやったらそんなふうにできるようになったの?」とほめても、子供は「先生、何を言っているんだろう」としか受け取らないだろう。

 「先生はきちんと自分のことを見ていてくれる」という意識を持たせることができるほめ方だけが、子供の心に響くのである。


 そういう意味で、このほめ言葉は、たまにしか使えない(^^;)

上手なほめ言葉 (via petapeta) (via kml) (via gkojax) (via takufoo)
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07 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:2009/11/04(水) 20:15:00 ID:h/AoDErK
2009年ボージョレ・ヌーボーが成田到着、過去50年でも素晴らしい出来?

2008年 今年のは昨年よりも 素晴らしい品質のヌーヴォーが見込めそうです

2007年 ここ数年のトップ5に入る素晴らしいもの

2006年 この2006年の作柄は、なんとあの数百年に一度の2003年に並ぶ【非常に良い】との評価が今や巷を駆け巡り、
さらには、その複雑味は2003年をも凌ぐ!!、とも言われる素晴らしいヌーヴォーと出会える可能性が大

2005年 ここ100年間でも屈指の出来

2004年 2004年のボジョレー・ヌーボーは大当たりの年でした。ただし、
フランスでの収穫量は、平年の半分ほどだったようです。2003年ほどではありませんでしたが、2004年も大当たりの年でした

2003年 ここ100年間でも屈指の出来


217 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2009/11/05(木) 00:54:45 ID:RH3gsEuN
»207の言ってることが全て本当ならランキングは

1位 2006年(数百年に一度といわれる2003年を凌ぐから)
2位 2003年(ここ100年でも屈指言うてるから)
3位 2005年(ここ100年でも屈指言うてはるけど、2006年の評価見たかぎりでは2003年のほうが評価高いから)
4位 2004年(2003年を引き合いに出して、大当たり言うてはるよってに)
5位 2008年(2007年よりは良い出来)
6位 2007年(ここ数年でトップ5やねんけど、この書き方やと5番目やろ)
7位 2009年(50年とグレードがさがってもうとる。こらアカン)

だな

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砂漠で大規模太陽光発電所を作って長距離送電すれば良いではないか、という提案も実際になされているが、それは余り利口な提案ではないだろう。砂漠での発電はパネルが高温になり、発電効率とパネル寿命が大きく低下するからである。

 パネルを冷却しなければ実用にならないが、冷却水は砂漠では通常手に入らない。実際、2009年秋に米国ネヴァダ砂漠での大規模な太陽光発電計画が、冷却用と住民生活用の水の奪い合いで中断された。そもそも、このアイデアには、植物がなぜ砂漠で生育しないかと言う根源的な問いが忘れられている。光合成維持に必要な蒸発冷却用の水がないから、生育しないのだ。

(中略)

 要するに太陽光発電に、植物が営々と数十億年かかって自然淘汰で洗練させてきた光合成によるエネルギー資源、即ち薪炭などを画期的に上回るような存在になることを期待するのは、所詮無理があるだろうという事である。

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「ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない」って映画の広告が田園都市線渋谷駅にあるけど、何かどう見ても『楽しそうな映画」にしか見えないのがいろいろどうかと思いましたね。「崖っぷちの今に最高の元気を贈る、実話から生まれたワーキング・エンタテインメント」って何だよ……。
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・10月17日
 元公設第1秘書、東京地検に虚偽記入を認める供述をしていることが発覚 (読売)

・10月18日
 元公設第1秘書、虚偽記入を「父親の威一郎氏の代からしている」と周囲に話していることが発覚 (産経)

・10月18日
 東京地検、「クリスマス献金」の民主支部にも資料提出を要請していることが発覚 (時事)

・10月25日
 匿名献金の大半が鳩山家からだったことが発覚 偽装総額2億円に (朝日)

・10月26日
 元公設第1秘書、東京地検に「匿名献金は首相資産を充てていた。鳩山に事情を話した上で引き出していた」と供述 (中日)

・10月26日
 鳩山「私がしたわけではない。なぜ秘書がこんなことを…本心が見えない」 (時事)

・10月27日
 パーティー券収入も水増し虚偽記載が発覚、偽装額がさらに膨らむ (朝日)

・10月27日
 民主党本部の鳩山の代表室のパソコンが破壊される

・10月28日
 小口の匿名献金でも会計帳簿に故人等の名前を勝手に使っていたことが発覚 (読売)

・10月28日
 会計帳簿の不正もバレる。 匿名献金の寄付者名、大半が記載なし (変態)

・10月29日
 東京地検、「量的制限」でも捜査。 平成16~20年に毎年1千万円超えていたことが発覚 (産経)

・10月29日
 鳩山「捜査に影響を与えるような発言はしてはいけない」 (時事)

・11月01日
 2008年の収支報告書から削除した41人も所得税控除の証明書の交付を受けていたことが発覚 (読売)

・11月02日
 鳩山「事務所の人たちとコミュニケーションを怠っていた」 (時事)

・11月02日
 鳩山、変態に指摘され7200万円の申告漏れがバレる。 鳩山「まったくポカでした」 (変態)

・11月03日
 鳩山邦夫(弟)事務所「首相と同じ会社と契約して株売買を任せてるけど申告漏れを指摘された事はない。不思議だ」 (変態)

・11月03日
 ずさんな会計処理、パーティーの出席者や支援者の名簿などから名前を無作為に抽出していたことが判明 (日経)

・11月04日
 鳩山、秘書が資金を引き出す手続きに必要な「指示書」に自ら署名していたことを自白 (朝日)

・11月04日
 鳩山、国会で個人資産の流用を認める供述 (中日)    ←いまここ

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心の準備はイイか?総計では15歳~17歳のグリーンランド人の5人に1人が自殺を図った過去を持っている。そして東へ行けば行くほどその割合はヒドくなっていき、ほとんど住む人のいない東海岸に至っては、2人に1人の子どもが自殺を図っている。
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年賀状の区分けのアルバイトで思い出すのは、正社員さんが云ってた『法律でアルバイトの子は座らせることが出来ないの、ごめんね』と云う言葉。北国の寒空の下年賀状の区分けをしながら理不尽な法律もあった物だと愚痴ってましたが、未だに理不尽だと思ってる。
Twitter / かさち (via rpm99) (via kml)
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Nov 03 2009

まず、番組を見た視聴者は、「世の中にこんなに悪質な病院があるのか?」「ここは本当に日本か?」と山本病院の実態にさぞ驚かれたことだと思う。しかしながら、実際にはこれは氷山のほんの一角に過ぎない。山本病院が奈良県にあることからも明らかなように、実は山本病院は、こうした病院ネットワークの「下流」、いわば場末の病院である。はるかに実入りの良い貧困ビジネスは、実は、「上流」の大阪にある15ほどの病院(さらにその中心は7つの大病院)が行なっている。


こうした病院の多くは、俗に「行路病院(行旅病院)」として知られており、ホームレスの人々や日雇労働者が、心筋梗塞や脳梗塞などで路上で倒れた場合に、救急搬送先となる。救急搬送された場合には、一刻を争う状況であるから、生活保護の手続きをしている暇など無く、「急迫保護」といって直ぐに生活保護にかけ、生活保護から医療費(医療扶助という)を出せるようにする。これを、医療扶助の単独給付、略して医療扶助単給と呼ぶ。病状がある程度安定すれば、改めて手続きを行なって正式に生活保護受給者となる。


この番組で、「生活保護受給者の患者」と呼んでいたのは、実は、元々はホームレスの人々や、高齢で仕事ができなくなった日雇い労働者である。ほとんどの場合は、救急搬送という形で、行路病院に入ることになり、転院ネットワークの中で一生を終える。